「ん…ふぅ……」
水音と共に、唇に与えられていたぬくもりが離れていく。代わりに冷たい空気がそこを通り抜けて、夢心地のようなふわふわとした気持ちから頭が冴えていく。
(これは夢……なのに)
妙に現実味があって、怖くなる。現実には絶対に起こりえないこと、なのに――
「ねえ……いい?」
真剣味を帯びた視線を綺羅君は私に向けた。淡い金の髪が冴え冴えとした月明かりに照らされてキラキラしている。息を呑むほど美しかった。そんな彼の右手は私の浴衣の襟にかかっている。その先の行為を想像して、心臓の鼓動が速くなる。顔も熱い。きっと耳まで真っ赤だだろう。
――こうしてもらいたい、という、心の奥底で抱いている想い。それが今具現化されている。でもこんな都合のいい夢、あるわけがない。
「私は…いいけど……綺羅君はそれで…いいの…?」
勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。私の浴衣の襟にかかっている彼の右手を、拒むように左の手で掴む。
「よくないよね…?だって綺羅君は……」
勇気を振り絞って己の欲望を抑えつける。
「綺羅君には、叶えるべき『目標』があるんだから、こんなことするわけない!」
「――!」
がば、と布団から飛び起きた。まだ心臓の鼓動は速まったままだった。視線の端で、舌打ちをしながら去って行く黒い影が見えた。
「やっぱり…悪魔の仕業かぁ~…」
額に手をやり、はぁ……と大きなため息をつく。暖房はとっくに切れていて、吐いた息は真っ白だった。
(私も、心に隙を作るなんて……まだまだね)
『叶わないから夢っていうんだ。僕のは…目標。それも、もう到達が見込める目標』
いつだか彼が語ってくれた、将来の青地図を思い出す。その青地図が書き換えられない限り、私の夢は夢のままだ。
(私の願いは……彼が望む願いが叶えられること。そのための手助けをする。私にできることは…それしかないから)
布団のぬくもりの中にまた戻り、きつく目を閉じる。
都合のいい夢の続きは、当然ながら見ることは無かった。
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2021年5月頃にふせったーに上げた文章だったと思われます(ワードの更新日時から推察)。
ちょっとだけ加筆修正したけどほんときらるかちゃんは……!
二人の本当の関係は多分そう遠くない時期に明かされます。そして時が経つにつれて関係性は変わっていきます。
本筋ではないけど、私はその関係性の変化を描きたいので本筋並みに力入れて描くつもりです。