第14話

 早朝、まだ日が昇らない内に、三人は目的の洞窟へ出発した。街から離れるにつれて森は深くなり、太陽が出て空が白み始めてくると、うっすらと霧が掛かってきた。

「うわぁ、なんかいかにもな感じ…」

 幌の中から不安そうにファーナが外を覗いた。道なりに渓谷を下るにつれて、その霧は段々と濃くなっていく。一寸先すら怪しい状況になると、御者が馬を止めた。

「…これ以上は、馬車では危険です。いつ何時、何が起こるか…」

 その言葉に、ラークとカティスも中から外を覗いた。周りは白い世界。自分たちの居場所すら掴めなくなりそうな感覚を覚えた。

「分かった。ここからは徒歩で行こう。貴方はここで我々が戻るのを待っていて下さい。もし、夕刻になっても戻らないようなら、町まで戻ってもらって結構ですから」

 御者はこくりと頷いた。

「出発してから恐らく4時間ほどです…。徒歩で行くとしてももう少しで辿り着くはずです。お気を付けて」

 最低限の物だけ持って、三人は馬車を降りた。ラークが先頭に立ち、手元に光を喚んで、慎重に歩みを進める。

 しばらくすると、その足が止まった。腕を伸ばして、右前方の茂みの辺りを照らした。その先には、人影らしき何かがあった。

「…魔獣?!」

 ファーナがハッとして身構えた。ラークはそのまま前進して、その影に近づく。ファーナの場所からは、その影が何なのかが検討がつかない。やがてラークは姿勢を低くして、その影を揺さぶった。

「先生?」

 ファーナが不安そうに声を掛ける。

「ん、んー…まだもうちょっと…」

 ラークが揺さぶった影の方から、どこかで聞いた声が聞こえてきた。

「シジェ!」

 紛れもなく、昨晩別れたはずのシジェの声だった。ファーナもラークのもとへ駆け寄った。カティスはその後から、周りを警戒しながらゆっくりと近づく。

「あ、あれ?何で皆さん…」

 シジェの隣にはやはりオーガスが、胡座を組んで眠っていた。シジェは木の幹に寄りかかっていた身体をゆっくりと起こした。

「まさか、皆さんも賞金稼ぎ…」

「うーん、違うけど、そうかなぁ…。もう、魔獣が出ないように出来ないかと思って来てみたの」

 シジェが目をぱちくりさせる。言葉の真意が伝わっていないようだった。

「えーっと、それってつまり」

「俺らの邪魔をするってことか?」

 いつの間にか起きたらしいオーガスが、シジェの言葉にかぶせて口を挟んできた。目つきが鋭く、厳しい。今にも剣を抜きそうな剣幕だ。

「…忠告しておく。お前らの腕で、何とかなるような相手じゃねえんだよ。相手が人なら良かっただろうが、奴らは魔獣だ。また殺されそうになるのがオチだ」

 カティスがオーガスを睨んで吐き捨てた。オーガスは一瞬、渋い表情をした。昨日の今日で、また同じ目に遭うのかもしれない。

「…なら、僕ら、お零れだけもらってもいいっすか?」

 オーガスの替わりにシジェが口を開いた。

「シジェ」

「僕ら、どうしても金が要るんです!汚いって思われるかもしんないっすけど、国のためにも…!」

 そこまで言ってシジェは咄嗟に口を噤んだ。ばつの悪い表情を浮かべる。オーガスが大きく溜め息をついて、シジェの頭をポンと叩いた。

「ま、そう言う訳なんだ。俺らもどうしたって行かなきゃならない理由がある。…邪魔にはならんようにするから」

 そのままくしゃくしゃと乱暴にシジェの頭を撫でた。

「何か訳有りのようだな。まあ、我々では君たちの命の保証は出来ない。それで構わないならいいだろう」

 ラークのそのひと言で、二人の表情は明るくなった。

 

 歩き続けて約2時間。日が高くなるにつれて霧は晴れてきた。晴れてくるにつれ、かえって森の不気味さがはっきりとしてきた。どこか空気が普通じゃないと、ファーナは感じていた。鬱蒼と茂る木々もそうだが、谷底に近づいてきているせいか、日の光が差さず、日中でも暗く感じる。

「…なんか、怖い…」

 思わずファーナは声に出した。別世界に来ている気分さえする。

「確かに、不気味っすね。今にも何か化けて出てきそうな…」

「それは一理あるな。…少し死臭がしてきやがった」

 オーガスが顔を顰めて周りを見渡して呟く。

「確かにな。…センセ、気をつけろよ」

 カティスが前を行くラークに声を掛けた。

「…何か分かるのか?」

「闇の精霊の気配がそこの曲がった辺りからするんだよ。…きっと死体の山だ。どっちのかは解んねぇけど」

 ラークがカティスの指さした角に一度身を潜めて覗き込んだ。その時眉間に皺が寄ったのを、誰も気付かなかった。平然とした顔で後ろに控えている4人を手招きして、小声で言った。

「…確かに。とてもじゃないが、地獄絵図だ。それでも行けるか?」

 ファーナは一瞬たじろいだ。他の3人はこくりと頷いた。

「僕らは海賊です。人の死体なんかは見慣れてますよ」

 シジェとオーガスも緊張した面持ちではあったが、不安そうな表情は浮かべていなかった。

「ファーナ、無理しなくてもいいぞ?」

 ラークの優しい投げかけに、ファーナは自分を奮い立たせるかのようにかぶりを振った。

「私が言い出したことだもの、引くわけにはいかない」

「上等だ。なら行くぞ」

 そこまで言ってラークはカティスの方に目線をやった。

「…わーったよ。俺が先に行けゃいいんだろ?」

 カティスはゆっくりと腰に差していた剣を抜き出し、前へ出た。ラークと同じように覗く。高く積まれた死体の山。殆どが人間の死体だ。それを貪り喰らう狼のような魔獣が10頭ほど。口元に赤い血を滴らせている。

 その光景を見て、カティスは遊びを楽しむかのような笑みを口元に浮かべた。

「じゃあ、先に行く」

 それだけ言い残してカティスは魔獣目掛けて走っていく。魔獣も流石にカティスの存在に気が付いたらしく、10頭全てが襲いかかってくる。

「てめえら、全員闇世に堕としてやるよ!」

 飛びかかってくる魔獣に向けて刃先を向ける。素早く斬りつけて魔獣をなぎ倒していく。血を浴びながら、瞬く間に6頭を絶命させた。続いて飛び出たラークが、あらかじめ詠唱していた光の矢を放ち、4頭を倒す。

「ファーナ、取り敢えずは出てきても大丈夫だ」

 ファーナとシジェ、オーガスが、ラークの声にひょっこりと顔を出す。しかし眼前に広がった惨状を見て、身を凍らせた。

「…人も魔獣も…こんなに」

 口元を押さえながら、ゆっくりとラークに近寄る。

「…これは」

 オーガスが口を開くのでやっとだった。多くの賞金稼ぎが行っては戻ってきていたが、犠牲者もこれほど居たとは、思いも寄らなかった。彼らに付いて来なければ、自分たちも今頃はこの山の一部になっていたのかもしれないと思うと、身が震えた。

「さて、と。アンタ等は一旦ここで戦利品を漁ってろよ。俺達は奥に行ってなるべく露払いしておくぜ」

 カティスの提案に、シジェとオーガスは首を縦に振った。

「んじゃ、お言葉に甘えて…」

「気を付けて行けよ。しばらくしたら後を追う」

 オーガスの言葉にカティスが手を振って答える。

「ああ。追い付いた頃には終わってるかもな」

 そう言い残して洞窟に入っていく三人の背中を、オーガスは見送った。

「さてと…っておい、もうやってたのかよ」

 振り返ると、既にシジェは堆く積まれた魔獣の屍の山に登って作業に入っていた。

「いやあ、魔獣の死体も凄いっすね…。コレ、証拠の鼻持って帰るにしても相当な量になりますよ」

「…お前なあ…」

 オーガスは、一心不乱に魔獣の鼻をそぎ取る自分の相方の天然っぷりを呆れながら尊敬した。

「ほら、さっさとここ片付けちゃわないと、でしょ?」

 シジェは手持ちの袋を戦利品で満たしてから、オーガスに突き出す。

「…ついでだ。こっちの袋にも入れてくれ」

 中身の入った袋と空の袋を交換する。オーガスは袋の口を結びながら話を続ける。

「奥には凄いお宝があるかもしれんしな。それに」

 シジェがこくりと頷いた。

「…もしかしたら、僕らに力を貸してくれるかもしれません。そのためにも」

 二人は顔を見合わせて、互いに頷いた。

 

 洞窟の中は鍾乳石が上下に無数に連なっていたが、人が立っても充分なくらいの高さがあった。中に入って早々、ラークが洞窟内を光で照らしたため、先は見渡せるものの、奥から飛び掛ってくる魔獣に手を焼きつつ三人は進む。

「け、結構奥まであるみたいだね…」

 息を切らして走りながらファーナが呟く。その声が洞窟内に反響する。休まらないからなのか、妙な違和感を覚える。この洞窟に入る前から感じていた、『異世界に来ている』ような感覚。

「…ちっ、これならあの二人が追いついちまうな」

「?何で?人手は多いほうが…」

「…この先にある『原因』、厄介なんだよ」

 カティスの言葉にファーナは怪訝な顔をする。

「…?何があるのか、解るの?」

「…」

 ファーナの問いに、カティスはしばらく黙りこくる。

「辿りつけば解ることだ。それよりも今は…」

 目線の先に魔獣の群れを確認する。魔獣もこちらの姿を確認して、一斉に飛び掛ってきた。

「こいつらを何とかするのが先だ!」

 ラークが後ろから魔法で初撃を与え、ひるんだところをカティスとファーナが倒していく。しかし、泉のように湧き出てくる魔獣に三人は息が上がる。

「な、何で尽きないの?!」

 ファーナが音を上げ始める。強さはそれほどでもないが、量があるだけ辛い。倒しても倒しても奥からやってくるこの状態では、前進のしようがない。

「…カティス、先に行け」

 息を荒げたラークが、背中合わせになったカティスにそう告げる。

「流石だな。この先のモン、判ったか」

「判る。ここまで酷ければ、多少の心得しかなくとも充分にな。…一度足止めをするから、その隙に先行して『閉じて』こい。早くしないとあの二人も追いついてくる」

 ファーナには二人の会話がさっぱり判らず疎外感を覚えた。そうこうしているうちに、ラークは詠唱を始めた。

『…この空間に満ちて眼前の敵の光を奪え!光波!』

 光の波が魔獣を襲う。あまりの眩しさに、魔獣は動きを止め、ひるんだ。その隙にカティスが走る。それを見て、ファーナも後に続いた。

「ファーナ!」

 後ろからラークが止めようと声を掛けた。しかしファーナは振り向かない。

「おい、付いてくんなよ!」

 前を走るカティスが叱るように声を掛けた。

「言ったでしょ、私は…カディが何をするのか見届けるんだって。…それに、仲間外れみたいで、何かイヤ」

 最後の言葉には、不満がたっぷりと含まれていた。

 

 二人の背中を見送ったラークは、未だ視力が回復せず狼狽する魔獣を、氷の刃を召還して倒していた。そこに、後ろから足音が近づいてくる。

「大丈夫っすか?!」

 シジェの声が洞窟にこだまする。大きな袋を背にしたシジェとオーガスが、入口の方から走ってくる。

「来たか」

「加勢するぜ。いくら何でも一人じゃ多勢に無勢だろ?」

 オーガスがラークの横を駆けて行き、長剣を繰り出す。シジェも素早さを生かし、短剣で斬り付けては離脱を繰り返す。やがて群れを全滅させて、ほっと一息つく。

「成程、言うだけある腕だな」

 ラークが二人に感心する。

「言ったじゃないですか。僕らは慣れてるんですって」

 厳しい表情で戦っていたシジェが、息は切れ切れながらも本来のさわやかな笑顔を浮かべてそれに答えた。オーガスは表情を変えず、剣先についた血を布で拭う。

「ところで…首尾はどうだ?」

 シジェの背に視線をやった。大きく膨らんだ袋の中には、求めていた賞金の種があるに違いなかった。

「お陰様で」

 シジェは親指を背に向けてにっこり笑って見せた。

「あの二人は、先に行ったのか?」

 オーガスが、洞窟の奥を見つめてラークに問う。二人の背中は見えなかった。

「ああ。…多分、それほど掛からず戻るとは思うが…」

 ラークの言葉を聞くなり、シジェが大きな声をあげて焦った。

「ええっ?!抜け駆けなんてずるいっす!僕達も早く追いましょう!」

「お、おう!一番の賞金首、いただかないとな!」

「ちょっと待て…!」

 ラークの言葉も聞かず、二人は奥へと走っていってしまった。はあー…と長い溜息を吐いて、ラークもしぶしぶその後を追った。

 

 どこまでも走り続ける光の波を追うように、カティスとファーナは走る。地面を蹴るたび、パシャパシャと水がたたきつけられる音が響く。足下では、鍾乳石を伝って水滴が地面に落ち、小川を形成して進行方向へと流れていっていた。ふと目線の先を見やると、足場が途切れて水が落ちているのが判った。

「あ、行き止まり…っ」

 ファーナがそう呟いたのと同時に、光の波はその先の空間で吸い込まれるように消えてしまった。

「え…?」

 ファーナとカティスは足を止める。カティスが手でファーナを一度制して、ゆっくりと、その先の空間を窺う。

「…な、何これ…」

 後ろから恐る恐る近づいたファーナが声を上げる。小川は滝となって三階建ての建物程度の高さの崖を下り、地底湖を形成していた。そのほとりには、魔獣が数体、こちらを警戒するように唸りながら様子を窺っている。その地底湖の水面の少し上空の景色が歪んで見える。そこからは、目の錯覚か、魔獣の顔が、ゆらゆらとおぼろげに見え隠れしているのだ。

 ファーナは一度右手で目を擦ってみたが、やはりそう見える。そして、先程から感じる妙な気配は、その歪みから感じ取れるのだ。不安げに、前に立つカティスの横顔を見やる。

「これって…目の錯覚?蜃気楼みたいに景色がゆらゆらしてて…」

「錯覚じゃねぇよ。こいつは…異世界への『門』…時空の歪みだ」

 しかめっ面で返ってきた言葉に、ファーナははっとする。

「えっ…」

 エルガードを出発する前に聞いた、ラークの話を思い出した。天界には他の世界と繋がる『門』があった、と。その一つがこの地界に繋がっているのなら、この世界にもそういった『門』はあってもおかしくはない。

「じゃあ…ここから魔獣は出てきてるってことだよね?どうするの?これ…」

「センセも言ってただろ、『閉じる』んだよ」

 そう言って、カティスは右前方にある緩やかな坂道を下る。前方で身構える魔獣は警戒したまま、こちらに襲いかかっては来ない。その様子を見て、ファーナも後から付いていく。

「『閉じる』って…その、『守人』の…力で?」

 恐る恐る尋ねたファーナの言葉に、カティスは足を止めた。

「あ、あの、先生がこないだ少し教えてくれたの…カディのこと」

「…あのお喋り…」

 怒気を含んだ言葉を発して、またカティスは歩き出す。

「ご、ごめん…。私が根掘り葉掘り聞いたの。…だから…」

「別にいい。いずれ知れることだ。それに…『俺のところまで堕ちたい』んだろ?」

 その言葉にどきりとしつつ、強く頷く。

「なら教えてやるさ。どうやって『閉じる』のかもな」

 話しているうちに、地底湖のほとりまで辿り着いた。警戒するように唸る魔獣を一瞥してカティスは声を掛けた。

「仲間を殺されて憎い、か。こっちもなんだよ。今ここで俺に殺されないだけ有難いと思え。…解ったなら大人しく帰ってもらおうか」

 聞いているこちらがゾクリとするほど冷たい語気だった。今にも襲い掛かろうかという剣幕だった魔獣は、スゴスゴと歪みの方へと歩く。まるで飼い主とペットだ。ファーナは、その剣幕に立ちすくんだままだった。

(魔獣を…従わせてる…ように見える)

 はらはらしながらファーナはカティスの後ろ姿を目で追う。カティスはくるぶしが浸かる位まで湖へ足を進め、止まった。目を閉じ、右手を胸に当てる。洞窟中に鳴り響く、魔獣の唸り声に耳を傾けているようにも見える。

 やがて、目を開け、右手を歪みの方へと伸ばす。

『時と空を司りし移ろいたる者たちよ、在るべき時と空の下へ帰趨せよ』

 その詠唱にファーナははっとする。この前、ルードで言っていた『とっておき』の術だ。やがてカティスの手の先にある歪みが正されていく。しばらくしないうちに、見えていた魔獣の姿は無くなり、宙には何も無くなった。カティスが腕を降ろし、水のないところまで戻ってきたところで、ファーナは声を掛けた。

「今のって…ルードで花枯れさせたりさせた術だよね…?」

「よく憶えてたな。正式には…『時空術』って言ってな。精霊術の一種だが、他のとは少し違う…特殊な術だ」

「時空術…?聞いたこと無い」

 ファーナが目を丸くする。

「『守人の術』って言う奴もいる。センセみたく、高位の魔術師ならかじる程度はできるけどな。…正式に扱えるのは『守人』と呼ばれる奴等だけだ」

 そう言って、カティスは元来た坂道を上ろうとした。が、じっと黙って自分を見ているファーナと目が合い、その足を止める。

「…んだよ」

「いや、その…」

 この力を使って、この世界に来た理由は――?

 喉まで出掛かって、ファーナは聞くのを止めた。きっと何も言わないだろう。仮に言ったとして、それが正しいかどうかなんて解らない。

 結局、自分の目で見届けないと意味が無いのだ。

「な、何でもない」

「そうかよ」

 そう言って、カティスが再び坂を上り始めたその時、上の方からパシャパシャと水を叩くような音が聞こえてきた。

「あれ…何も…死体もない…っす…よ?」

 崖で立ち止まったシジェが、息を切らしながらきょろきょろと周りを見渡す。後ろから続いてきたオーガスがすぐにカティスの姿を確認して声を掛けた。

「おい、ここには…」

「何も無かったよ。無駄骨だ」

 さらりとカティスは嘘を吐いた。しかし今の何も無い地底湖の状況を見たら、そう認識せざるを得ない。オーガスは溜息をついて、膝を折りかがんだ。その後ろに控えていたラークだけが、安心したような表情を浮かべていた。

「それくらいの量があれば、全滅させたと言ってもいいのではないか?事実もうここには何もいない。我々が証人だ」

 その言葉に、シジェとオーガスは顔を見合わせる。

「…言ってみるか?」

「そうしましょう。どうせダメもとっすから」

 

 街に戻り、オーガスとシジェは役場へ赴いた。結局、全滅させたという言い分は通らなかったが、証拠の鼻だけで、かなりの金を得ることが出来た。

 既に日も落ちた頃、役場から出てきた二人を、ファーナ達三人が出迎えた。オーガスもシジェも、満足がいったような顔をしている。

「その様子だと、目的は達成できたようだな」

 ラークが声を掛ける。二人はにっこりと笑った。

「ええ。お陰様で。思っていた以上の金額になりました」

 そう言って、シジェは小袋をラークに差し出した。

「お礼も兼ねて。僕らにはもう充分なので差し上げますよ」

「…いいのか?」

「ええ。僕らが無事に帰還できたのも、皆さんのお陰っすから」

 ラークの手のひらに収まった小袋は、ずっしりと重かった。オーガスが持っている袋は、ラークが受け取ったものより一回り大きいが、やはり重そうだった。

「…結構、町役場はお金払っちゃったんだね…」

 後ろでファーナがカティスに呟いた。

「だが、これ以上は無い。出現を止めたのは本当の事だ」

「そうだね…」

 そう呟いて、前の三人を見ながらファーナは洞窟での出来事を思い返していた。異世界からやって来る魔獣。その『扉』を閉じたカティス――。

 ふと、何かがひっかかった。その違和感の正体を探ろうとしたところで、ファーナは声を掛けられた。

「何難しい顔してんだよ。…足止まってんぞ」

 ふと気づくと、前の三人とは結構な距離が開いていた。カティスがしかめっ面でこちらを見ている。

「な、何でも…」

「そうか。…さっきのことは、誰にも言うなよ。どこにどんな目があるか分かんねぇからな」

「う、うん…」

 ぎこちない雰囲気の中、二人は歩く速度を上げて、橙の街灯が照らす繁華街を通り抜けた。

 


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