第12話

 日が昇って間もない時間。エルガードの南門に、馬車が一台止まっている。その手前で、旅装の三人が見送りを受けていた。

「お爺様、引きずり出す真似をして申し訳ありませんが、あとは頼みます」

「よい。それよりも、達者でな、ラーク。…寝首を掻くような真似は絶対にするな」

 ラークが長い金髪を少し揺らし、くすっと笑って頷く。

「…承知しています。もうアレで懲りましたから」

 吹っ切れた表情の孫を見て、ロストールの表情も柔らかくなる。

「姫。道中気をつけるのだぞ。そなたに待ち受けるのが希望であれ絶望であれ、進むと決めたそなたは受け止めなくてはならぬ」

「心得てます。…卿もお元気で」

 屈託のない笑みをファーナは浮かべる。ふと、ファーナは視線を奧へずらし、オルバ達の方を見た。

「オルバ、コリィ、ティオ、また会いに来るね。それまで元気で」

「ラーク様に怪我させたら承知しないからね!」

 オルバが明るく冗談を言う。隣にいるティオはどこか神妙な面持ちだ。

「ティオ?」

 何事かを言おうか言うまいかを逡巡してから、ティオはファーナに近づき、手元に持っていた袋を何気なく渡しながら、囁く。

「…気をつけて。スレークの研究班が、君たちを狙ってる。…メモ入れたから読んでね」

 そのティオの言葉にファーナは目をぱちくりさせる。ティオはファーナから少し離れ、またいつもの笑顔に戻った。

「…じゃあ、無事を祈っています。調合した薬草、袋の中にいっぱい入れてあるから」

「う、うん」

 とりあえずコクコクとファーナは頷いた。スレーク出身のティオにはきっと、見張りがずっとついている。怪しまれずに伝えるには、こうするしかないのだろう。

「コリィも、ほら」

 オルバがコリィを促す。コリィはラークを見上げて、ふわっと微笑んだ。

「…おみやげ、ウチの兄妹の分も頼みますっ!…あと、カディさんにもう戦い仕掛けないでくださいね」

「前者は約束出来ないが、後者は約束しよう。あんな幼稚な真似は一切しない」

 満足げにコリィは笑う。きっとおみやげも買って来てくれると、心のどこかで確信していた。

「じゃあ、ありがとう、皆」

 三人は馬車へ乗り込み、一路街道を南下し始めた。

 

 さわやかな朝の涼しい風が幌の中を吹き抜けていく。車内は特に座席といったようなものをこしらえておらず、幌の側面に背を預ける格好で、三人は向かい合って座っていた。

「馬車でどこまで行くの?」

 ガタガタ揺れる車内、ファーナは向かいに座るラークに聞いた。

「大きな港のある街まで。出来ればリクレアの首都バイエルまで行って、船を入手して行きたい」

「…え?入手って、定期船に乗るとかじゃないの?」

「フォーレスは地教国家以外とはほぼ鎖国状態だ。天教国家のリクレアとも恐らく交流を断絶しているはずだ。…スレークまで出るか?」

 ファーナはぶんぶんと首を横に振る。スレークと聞いて、ティオの話を思い出した。

「あ、そうだ。ティオがね、これを…」

 貰った薬草袋の中から一枚、メモを取りだした。それをそのままラークに渡す。ラークは一瞥した後、カティスとファーナを見比べる。

「…厄介だな。お前達二人とも目をつけられているらしい。…スレークに」

 カティスが眉間に皺を寄せる。

「は?」

「お前達、ルードで魔獣を倒したんだって?」

 ファーナがうんと頷く。

「洞窟の奧に、大きな花の魔獣が出て、私もカディも戦って。最後はカディの術で…」

 ラークがカティスを睨む。

「…このメモによると、その時居合わせたスレークの研究者が、カルディアの姫と、お前の花を枯れさせた術に興味を持ったと書いてある…」

 カティスがあー…と声を出した。

「存在すら秘匿にされている術を周囲に気を配らず使うからだ。…抜かったな」

 ファーナはその時の事を思い出した。段々花が萎れていき、最後は無くなってしまった。急速にその生を全うさせたかのような、そんな術。

「あの、『とっておき』って言ってた…」

 夜が来ない村でも使っていた、あの不思議な魔法。そういえば、あの魔法についてはまだカティスから何も聞くことが出来ていないことを思い出した。

「まあいい。問題はこれからだ。スレークは精霊魔法の力を、人工的に自由に動かそうと画策している。希有な術を目の前で使ったお前は、格好の研究対象になったわけだ。…何としてでもお前を生け捕りにしようと襲ってくるぞ」

 カティスはあぐらを組んでふんぞり返った。

「やれるモンならやってみろってんだ。俺は容赦しないぜ?掛かってきたら全員平等に墓場まで連れてってやる」

 物騒な言葉にファーナは顔をしかめた。ラークはふう、と一息ついて、今度はファーナに向かって話し始める。

「ファーナも。お前の行方不明騒ぎに乗じて、スレークで攫ってしまおうという計画があるらしい。…竜人の血は、いい研究材料だ。どうせ交戦中の国同士だから、その辺は考え無しに来るだろう」

「…状況如何では、カルディアに対して、人質として私を使う?」

 真剣な面持ちでファーナはラークに尋ねる。

「お前にそれほどの価値が今もあるかどうかが問題だな。ヴィオル閣下は好きにしてくれと言うだろうが、ヘディンとハサン様はそうは言わないだろう」

「…そうね」

 さらりと冷たい言葉をラークは並べる。ファーナは慣れたものだが、側で聞いていたカティスは少し驚いた面持ちになった。

「容赦ねぇな、センセ」

「何がだ?事実を述べているだけだ。下手な慰めは、かえって状況を悪くすることもある」

 ラークは顔色一つ変えない。こいつの方が冷酷だと、カティスは心の中で舌打ちした。

 

「はあ…」

 柔らかな朝の日差しが窓を通して注がれる。その光を受けて、銀の髪が煌く。すれ違う人々はその様子を宝石でも眺めるかのような目で見るが、持ち主の心の内は、『あの日』以来、未だ光明を見出せていない。

(もう一ヶ月になるのに、噂の一つも聞こえてこないなんて…)

 朝の勤めを終え、サリエルは一人、そんなことを考えながら、ハルザードの城内教会から歩いて城のエントランスへと歩いていた。丁度兵の交代時間で、人の出入りは慌しかった。その中に、ふと見慣れた赤毛の青年の影を見つけた。

「あ、ヘディン様…」

 そう言えば、互いに忙しくてしばらく話す機会が無かったことを思い出す。声を掛けようとしたが、目の前の人混みにその気持ちは掻き消えた。しかし、何となく気になり、その後を追う。階段を降り、人気のない貯蔵室の並びで姿を見失った。

「あれ、どこに…」

きょろきょろと辺りを見回す。すると、丁度立っていた場所にあった扉の中から、人の話し声が聞こえた。

「…お爺様」

 ヘディンの声だった。心の片隅に罪悪感は芽生えたが、興味の方が勝ってしまい、サリエルはその場で傍耳を立てはじめた。

 整然と並べられた書棚に、ぎっしりと書物が収まっている。それだけでは収まらない書物が、埃を被って足元に堆く積まれている。その山の向こうに、ヘディンを呼び出した人物はいた。ヘディンはその山を掻き分けるようにして奥へと進む。

「…何か、解ったことがあったのですか?」

 『堕天使』が目覚めてから、二人はあらゆる方面から、彼に対抗する手段を捜していた。五百年前の純血の『天使』に、血が薄まった自分たちが対抗できるのか。どんなに考えても、答えは出なかった。ヘディンは親友でもある黄金竜の末裔のラークにその役目を頼んだが、必ずしも互角に対抗できるとは思っていなかった。

「やはり、伝説には伝説で対抗するしかない…。儂の調べた結果はそれだ」

「伝説…『白天使』、ですか」

「うむ…」

 ヴィオルは険しい表情をした。天教において、『白天使』は『堕天使』を倒した後、天界へと帰ってしまったと言われている。『白天使』はその後、時折幻として出現し、人々を助けるなど数々の奇跡を起こしたと伝えられる。再び地界に危機が訪れた今、『白天使』は現れるのだろうか。

「天界に行ける方法なんて無いですしね…。ただ、神に祈るしかないということになるのでしょうか」

 ヘディンも腕組みをして唸る。ヴィオルは徐ろに、側にあった本をヘディンに差し出した。

「?これは?」

「…地教の書物だ。ヤツらの世界観は我らと異なる。何か参考になるかと思って読んでみたが…」

 ヘディンは紙が挟まったページをめくる。古カルディア語で翻訳されているため、読むのに時間がかかる。

「んー…。ん?これは…」

 ヘディンは言葉を失った。

「地教では、『白天使』『堕天使』もろとも、地教の神によって封じられたと書いてある。二人の戦いは大地を傷つけ…故に神が制裁を加えたとな」

「では、『白天使』もまた、どこかに封じられている可能性があると言うことですか…?」

 そうだとしたら、何故正確に天教では伝わらなかったのだろう。ヘディンは疑問に思った。内心で、もっとエルガードで勉強しておけば良かったと後悔した。

「左様。それを捜さねばならん。この世界のどこかに、その地はあるはずだ。…くれぐれも内密にな。この世界の命運が懸かっておる」

「はっ…必ず」

 深々と礼をし、ヘディンは出入口へと戻る。肯定的な姿勢は見せたものの、ヘディンの心の中では葛藤があった。『堕天使』を放置することが、ファーナの命を延ばすことになる。もし仮に『白天使』が現れたとしたら、彼は、『堕天使』を目覚めさせた妹を、そのまま生かしておくだろうか。しかし、ファーナの命が惜しいからといって、世界を混沌の渦に巻き込むわけにもいかない。

 悩みを抱えたまま、ヘディンは部屋を出た。

 出入口へと近づく足音に、表にいたサリエルははっとしてその場を立ち去る。足早に一階へと戻り、ふう、と一息つく。未だに心臓の鼓動が高まって収まらない。

(今の、話っ…)

 うっすらと聞けたのは『白天使』、そして、『世界の命運が掛かっている』という言葉――。自分の知らないところで、何か大きな事が起こっているのだろうかと、不安になる。

「…サリ、こんなところで立ち止まってどうした?」

 掛けられた言葉にびくりとしたが、何とか平静を装って声の主に振り向いた。

「ヘディン様…。あの、いえ、少しめまいがしただけです」

 ヘディンはいつも通りの表情だ。その奥に、一体どんな隠し事をしているのだろう。それが不思議に思えてきた。

「それよりも、ヘディン様も、最近上の空になってるって、お城中の話題ですよ?大丈夫ですか?」

 何とか気持ちを切り替えようと、サリエルは話題を変えた。ヘディンはサリエルの言葉に一瞬考え込んでしまった。

「…そう見えるのか?」

「見えます。…ファーナ様が居なくなってから、ずっとです」

 そう言って、サリエルは下を向いた。己の心にも光明が見出せない原因。他人にこんなことを言う資格は無いのかもしれない。

「…そうだな。やっぱり、寂しいからな…」

 ふっと寂しそうにヘディンは微笑んだ。

「それで…手がかりとか、何か…」

「…それがあまり無くてな…。神隠しだとかもあるんじゃないかと思っていたところだ」

 サリエルが顔を顰める。先ほどの『白天使』は、ファーナの失踪に関係があるのだろうか。もしそうなら、『世界の命運が掛かっている』ようなことに、ファーナは巻き込まれているのだろうか。

「ヘディン様、それって…冗談ではないんですか…?神隠しだとか、そんな突拍子もない事を…」

「半分冗談で半分は本気だな。…まあ、そんなことがあってもおかしくないかと思って、色々調べてる最中なんだ」

「あ、あの…。僕に出来ることは…!」

 いてもたってもいられない気分にサリエルは背中を押された。ヘディンはその勢いに驚いた様子だったが、少し何かを考えてから真剣な表情で静かに告げた。

「…そうだな、何でもいい。『何か思い出したら』、俺に教えてくれ」

 ぽん、と肩を叩き、ヘディンはその場を後にする。その背中を、サリエルは神妙な面持ちで見送る。

(…ヘディン様…。僕は…)

 

 夕刻になっても、外の熱気はあまり変わらない。日が落ちる頃、三人を乗せた馬車は、エルガードの南の隣国、リクレアとの国境の街、ルバタに到着した。場所柄、人々の往来や交易が盛んで賑やかな街だ。日が暮れかかっている時間帯なのに、露店街の人は絶えない。

「じゃあ、また明日迎えに上がります。ごゆっくり」

 馬車の御者が街中の宿の前で三人を降ろし、馬首を返してそう告げた。御者には専用の宿場が街に設けられており、普通はそこで乗り継ぎなどを行う。今回は、リクレア王国首都・バイエルまで頼んであると、ラークは言っていた。順調に行けば、約一週間の旅になる。

「…手回しいいよな、センセ」

 ぼそっとカティスはファーナに囁いた。無論、宿泊手続きを取っているラークには気付かれないようにだ。

「旅慣れてるから。先生って、色々あちこちに呼ばれて行くことが多くって。私も何度か一緒に付いていったの」

 少し昔を懐かしむ。こうして共に旅するのは幾度目だろう。こんな形でまたラークと旅する事になるとは、カルディアにいた頃は全く想像出来なかった。

「ファーナ、お前の鍵だ」

 いつの間にか手続きを終えたラークが、ファーナの目の前に鍵を差し出した。反射的にぱっと受け取ってから、気付く。

「…あれ、個室?」

「当たり前だろう?お前女なんだから」

 ぽかんとファーナはラークの顔を見たまま考え込んでしまった。

「…あ、そうか、それもそうだね。先生、カディと一緒?」

 ラークはわざとらしく溜息をついた。

「まあな。これも節約のためだ。我慢するさ」

「わーるかったな、美人の女でなくて」

 背後からカティスが冗談で返す。

「寝首掻くつもりなら、何時でも来いよ」

「止めておく。私の美学に反する」

「ほー…美学ねぇ」

 そんな調子で会話する二人の後について、ファーナは階段を上がる。最初はどうなるかと心配していたが、案外、息の合いそうな二人である。心の中で、ファーナはほっと安心した。

「今日はこの後自由行動。明日は朝食時間が終わったら出るから、そのつもりでな」

 そう告げて、ラークはカティスと一緒に右隣の部屋へと入る。はーい、と返事をして、ファーナは一人手前の部屋へ入った。シングルサイズのベッドが一つと、小さな鏡台だけがある、こぢんまりとした部屋だ。隣からもあまり音は聞こえない。手荷物をベッドの上に置き、腰掛けて、ふっと一息つく。

「…一人、かあ…」

 ぽつりと呟く。国を出てからずっと、大体カティスが隣にいたためか、何だか落ち着かない気分になった。

 しばらくそのままでいたが、じっとしていても退屈だと思い、少しのお金を持って部屋を出る。鍵を掛けて、ふと右隣の部屋の扉に目を向けたが、特に変わったことはない。階段を下りて宿を出ると、既に町中は街灯が点いていた。繁華街に程近い場所だからか、人の往来は多く、夜になっても賑やかだ。

 その人混みの中を、ファーナは辺りを見回しながら歩く。繁華街に差し掛かり、地元の家庭料理の店に入る。店内は混んでおり、ファーナはカウンター席に通された。

 魚料理を注文して、しばらくすると、隣にファーナよりも数歳は年下と見られる少女が座ってきた。旅装だが、周りに連れのような人物はいない。疑問に思って、ファーナは少女に声をかけた。

「…一人で旅をしているの?」

 声を掛けられた少女は、伏し目がちに水を飲んでいたが、コップを置いてこくりと頷いた。

「大変じゃない?まだ成人もしてないでしょう?」

 ふるふると頭を横に振る。亜麻色の短い髪が、その動きにつられて宙を舞う。

「辛くないよ。ボクは大事な仕事を預かっているから」

 表情は固いまま、ファーナに答える。

「そうなんだ…。凄いのね」

 その言葉に、少女は少し驚いた顔をした。丁度運ばれてきた魚料理を、ファーナは少し取り分けて、少女に渡した。

「そのお仕事のためにも、力付けてね。さっき、あまりおかず頼んで無かったでしょう?頑張って」

 少女は困惑した表情を見せる。だが、しばらくしてからぺこりと頭を下げて受け取った。

 

 食事を終えて、ファーナと少女は同時に店を出た。既に日は落ちており、街灯はあるものの周囲は暗い。

「宿まで送ろうか?一人じゃ危ないよ」

 ファーナは自分よりも年下の少女のことが、とにかく心配になった。あまり言葉を発しない、おとなしい性格のようだ。あまり旅慣れているとも思えない。

「でも…」

「私はそれなりに強いから大丈夫。さ、どっち?」

 ファーナの言葉に、少女は方向を指さす。繁華街の中央の方だ。歩き出そうとすると、少女はファーナのジャケットの裾をつかんで、引っ張って行く。

「え?ちょ、ちょっと…せめて手を…」

 見かけによらない力の強さに、ファーナは驚いた。この子も一人で旅できるくらい、鍛えていて当然かもしれない、とファーナは心の中で思う。

「あ、ごめんなさい…」

 そう言って、少女は手首を握った。その握力も相当なものだ。そのまま人混みの中をかき分けて行き、やがて人気の少ない道に出た。こんな所にも宿なんてあるんだ、などとファーナは思いながら歩いていたが、やがて民家すらまばらな地区まで来てしまった。

「…ええと、宿は…」

 流石に不審に思い、ファーナは少女に尋ねる。少女は振り向くことなく答える。

「もうすぐ…。お金、無いから…」

 すると、目の前に人影が現れた。宵闇の中、銀の光をかすかに纏うその姿を見て、ファーナははっとした。

「カディ?」

 見慣れた青年が不機嫌そうな表情で立っている。少女はそれを見て足を止めた。

「…どこに行くつもりだ、ガキ」

 冷たい口調でカティスは声を掛けた。少女はファーナの手首を握る力を強める。その強さにファーナは顔を顰めた。

「…ちょ、ちょっと…?」

 ファーナの呼びかけにも応じず、少女は黙り込んだままだった。ファーナは困惑してカティスの方を見た。

「カディ、これってどういう…」

「お前もホイホイ他人に付いてくんじゃねーよ。そいつ…狙いは最初からお前だ」

 その言葉にはっとして少女を見る。手を払おうとしたが、あまりに強い握力でそれが出来ない。

「うっ…」

「暴れないでよ、お姫様。お仕事頑張ってって言ってくれたじゃない…」

 そのまま少女はファーナを連れて走ろうとする。ファーナはとっさに捕まれている左手に炎を喚んだ。

「うわっ?!」

 その熱さで少女の手が離れる。体勢を立て直して、ファーナも身構える。少女は前方のカティスと二人に挟まれる格好となった。

「どういう意味よ!答えなさい!」

 右手をぶらぶらさせて冷やしながら、少女は溜息をついた。

「言ったとおりだよ。ボクの仕事は、貴女がたを攫うことだもの」

 直後、ドン、という地響きとともに、ファーナとカティスの足下の地面が隆起する。暗闇の中、何が起きたのか理解できず、足を取られてファーナは尻餅をついた。

「きゃっ…」

 隆起した地面は、少女の方へと下がっている。ファーナはそのまま少女の元に転げ落ちそうになる。それを見て、カティスは飛び出した。

「カディ!」

 少女の手元に到達する前に、ファーナの身体を掻っ攫う。バランスを崩しながらもカティスは着地した。

「あ、ありがとう」

 ファーナはその場に降ろしてもらい、少女に向き合った。苦虫を噛み潰したような表情を、少女は浮かべている。

「私を攫うのが仕事って…。貴女まさかスレークの…」

 その言葉を聞いて、ふう、と一息少女は吐いた。

「…よく分かったね。お魚の礼も兼ねて名乗ってあげる。ボクはルナリア。スレークのサンドラ研究院の者だよ」

「やっぱり…!」

 ティオの警告通り、現れたのだ。そのあまりの行動の速さにファーナは驚く。

「で?俺らを攫ってどうするつもりだ?」

 カティスは腰に提げていた剣の柄に手を掛ける。しかしルナリアは平然としている。

「付いて来るなら、教えてあげてもいいよ」

「…断る。そっちがその気なら、嫌でも吐いてもらう」

 カティスの冷たい返事にルナリアはふっと笑う。

「ボクもその気は無いね」

 また、ドンという大きな音と共に、地面が隆起し、二人とルナリアの間に高い壁が出来た。

「なっ…!」

「今日は顔見せ程度にしておくよ。まだ、機会はあるからね」

 岩の壁の向こう、遠ざかる彼女の気配に、カティスは一つ舌打ちをした。

「…あんな子供が…」

 ファーナは岩の壁を見つめ、右手で左の手首をさすりながら呟いた。まだ痛みが引かない。

「ちっ、これからはあんなのが付け狙ってくんのかよ」

 苛立ちながら踵を返して歩き出したカティスに、慌ててファーナも付いていく。

「…ね、どうしてあの子が私を狙ってるって気がついたの?」

 ふと思った疑問をファーナは口にした。

「食事に出ようとしたら、あいつがお前を付けてんのを見たんだよ。…それだけだ」

 いつものとおり素っ気なく返ってくる言葉に、何故かファーナはほっとした。

「そう…ありがとう」

 ファーナは素直に感謝の言葉を述べ、カティスの背中を見つめた。しかし、その背中の向こうで、カティスは渋い顔をしていたことに、ファーナは気が付くことはなかった。

 


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